この研究の成果は、2004年秋季天文学会の記者発表(9月20日)で紹介し、
共同通信、時事通信から全国へ発信され、
岩手日報(1面)や
日本経済新聞(34面)、
上毛新聞でも
報道されました。また、
ニュートン2004年12月号(12頁)
に掲載されました。 他に自分自身では未確認ですが、NHK、北海道新聞などで 報道されたそうです。 この研究についての原著論文は、Publications of the Astronomical Society of Japan誌(PASJ)の57巻レター第1ページ(2005年)で発表しました。 |
球状星団Palomar6 (220kB) |
球状星団Terzan12 (140kB) |
球状星団Terzan5 (50kB) |
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図1 :球状星団に見つけた巨大ガス放出を行う赤い星(図の黄色い矢印)。 南アフリカ共和国にあるIRSF1.4m望遠鏡と近赤外線カメラSIRIUSで撮影。 Jフィルタ(1.25μm)、Hフィルタ(1.63μm)、Ksフィルタ(2.14μm)を それぞれ青、緑、赤に対応させた擬似カラー画像。 (著作権:名古屋大学、国立天文台) |
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図2
:野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡を使って、一酸化珪素に
よって生じるメーザーという電波を赤い星から受信。その周波数から
求められる速度(横軸)は球状星団の速度と一致して、
球状星団のグループの一員であることが確かめられました。
太陽は46億年前に誕生し、その寿命は約百数十億年と考えられています。 約140億年前に起こったビックバン (*1) から数十億年以内に生まれた古い星ならば、 ちょうど進化の最期を迎えている太陽と同じような星を研究することができます。
そこで我々は、そのような古い星が集まっている球状星団 (*2) と呼ばれる天体を野辺山45m電波望遠鏡 (*3) を使って観測しました。その結果、5個の星から 一酸化珪素メーザーという強い電波を世界で初めて検出したのです。
メーザーは進化の最後に膨張した星が大量のガスを吹き出す際に発射される電波で、 星全体が厚い塵に覆われていることを示しています。球状星団にある古い星は このようなガス放出を起こす前に膨張が止まってしまうと考えられていましたが、 その常識をくつがえすこととなりました。この発見は、太陽も約70億年後に 同様の運命をたどると予想させるものです。 このような具体的な観測結果から太陽の将来を研究したという点で革命的な 結果であり、今後これらの天体を中心にしてさらに詳しい研究が 行われると考えられます。
(代表研究者) | 松永 典之(東京大学 天文学教育研究センター、博士課程1年) | (共同研究者) | 出口 修至(国立天文台、野辺山宇宙観測所、助教授) |
板 由房(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部、研究員) | |
田辺 俊彦(東京大学 天文学教育研究センター、助手) | |
中田 好一(東京大学 天文学教育研究センター、教授) |
お問い合わせは松永 (ホームページ) までよろしくお願いいたします。 カラー画像は報道資料として御利用頂く限り御自由にお使いになって結構ですが、 その際は著作権の明記をお願いします。
天文学会編「天文学用語集」
野辺山宇宙電波観測所
IRSF1.4m+SIRIUS(名古屋大学)
2004年9月1日 初版
2004年9月14日 2.1節を追加。
2004年9月18日 いくつか細かいところを改訂。
毎日絶えず輝き続けている太陽も、その輝きは永遠ではありません。 太陽をはじめとする星の光は核融合エネルギーでまかなわれています。 その燃料にも限りがあるので、星も我々と同様に有限の寿命があるのです。 寿命は星の重さによって異なり、太陽の場合は約100億年だと考えられてます。
さらに、星の最期の姿もその重さによって大きく異なります。 太陽の8倍程度よりも重い星では、最期に超新星爆発 (*4) という自らを吹き飛ばしてしまうような大爆発を起こし、ブラックホール (*5) や中性子星 (*6) を残します。一方、もう少し軽い星になると、超新星爆発を起こす前にエネルギーを 使いきってしまい、白色矮星 (*7) と呼ばれる安定な天体になって永久に冷え続けます。
太陽もこの軽い星の仲間に入るのですが、同じ結末を迎えるまでの進化の様子が さらに細かな質量の違いによってかなりバラバラであることが、 これまでの研究からわかってきました。 (天文学用語集「星の進化」の項もご参照ください。)
星ははじめ中心で核融合を起こした安定な状態にありますが、 中心の燃料がなくなると赤色巨星 (*8) とよばれる天体になり、半径がだんだんと大きくなっていきます。
このとき、星の外側のガスはもともといた場所よりもずっと中心から 離れたところに持ち上げられるわけです。すると、地球上の物質を宇宙空間へ 上げたのと同じように、星から受ける重力が小さくなって物質は 飛んでいってしまいます。このような現象を恒星風、あるいは質量放出と呼びます (*9)。
このため、赤色巨星はどんどん自分のガスを放出します。重い星の場合は それでもたくさんのガスが残っていて、最後に超新星爆発を起こすところまで 進化していくのですが、軽い星の場合は真ん中の高密度の小さな部分だけが 飛ばされずに残ります。この残った部分は非常に安定した構造をもち、 それ以上の進化が起こらず、いわばその残りかすが白色矮星です。
太陽の具体的な進化を図にすると左のようになります。これは イタリア・トリエステ天体観測所のGirardiらが赤色巨星までの進化を計算したうち、 太陽と同じ質量と化学組成の 場合の結果を図示したものです(Girardi 他. 2000年, A&AS誌, 141巻, 371頁)。 横軸は星の表面温度(絶対温度K)で、縦軸は星の明るさで現在の太陽の明るさを 1としています。
(a) 46億年前 (0歳):
太陽が形成されて、中心で水素の核融合によるエネルギー供給が開始。
安定した主系列星段階の始まりです。明るさは現在の70%ほどでした。
(b) 現在 (46億歳):
主系列星の段階でもほんの少しずつ明るくなって、現在の状態になります。
(c) 52億年後 (98億歳):
約100億年たったところで中心の水素燃料を全て使い果して、主系列星段階を終えます。
半径は35%ほど大きくなり、明るさも2倍近くになっています。
(d) 70億年後 (116億歳):
水素の核融合が中心部のまわりの球殻部分で行われるようになると
星の表面温度が下がっていきます。この時点で、星の半径は現在の2倍、
温度は5000度以下。ここから(e)までが赤色巨星段階です。
(e) 76億年後 (122億歳):
半径が現在の170倍まで膨らみ、現在の2300倍の明るさの赤色巨星まで進化します。
ここで、中心のヘリウムが十分高温高圧になり、今度はヘリウムの核融合が始まります。
(f) 76億年後 (122億歳):
中心でヘリウムの核融合が始まると、水素を中心で核融合していた主系列星段階と
同じような状態へ非常に短い時間で変化します。
ここでは現在の太陽よりも40倍も明るいため、
ヘリウム燃料がなくなるのも早く、1億年程度で次の進化段階に進みます。
(g) 77.5億年後 (123.5億歳):
(c)〜(e)の時と同じように半径が大きく明るい赤色巨星になります。
さらに進化が進むと、後述する大規模なガス放出を行うようになるのですが、
どれくらい明るい星まで進化するのか、といったことは詳しくわかっていません。
最終的に外側のガスを放出してしまうと、残された中心部分が高温で暗い天体へと
進化していきます。
その進化にかかる時間は短く、数万年から数百万年の間に白色矮星になります。
現在の太陽も表面からガスを放出しています。しかし、その量は非常に少なく、 十兆年たったとしてもやっと太陽の質量が半分になる量です。そのため、 太陽の見た目には何の変化もありません。
一方、進化の最後を迎えた 赤色巨星の一部は、たった一万年程度で太陽1つ分のガスを放出します。 すると、星の周りが大量の塵で覆われて、星は本来の色ではなく非常に 赤く見えるようになります。
さて、ガスを放出する激しさは星の大きさで決まります。 星が膨張すればするほど、外側のガスが受ける重力は小さくなり、 放出が起きやすくなります。したがって、星がどれだけ大きくなるかによって、 どれだけ大きなガスの放出が起きるかといった最期の様子が変わります。
それでは太陽はどこまで大きくなるのでしょうか。実は赤色巨星のガスの放出には いくつか複雑な問題があり、現在の太陽のモデルから計算をして直接求めることは 出来ていません。
そこで、天文学者は球状星団と呼ばれる天体を使って研究を 進めてきました。球状星団とは1万個以上の星が集まったもので、銀河系の中では もっとも古く、100億年から130億年前に誕生したことがわかっています。 寿命百数十億年の太陽と同じような星が現在丁度最期を迎えているため、 太陽の最期を現在見せてくれていると言えます。
これまでの観測では、 塵にすっぽり覆われたような赤い星は球状星団の中に見つかっていませんでした。 したがって、太陽も同様にそれほど大きなガス放出が起きるようになる前に、 白色矮星になってしまうと考えられてきたのです。
しかし、近赤外線観測装置IRSF1.4m+SIRIUS (*10) を用いて、ガスの放出について研究をしていた我々は、十個近くの球状星団の 方向に非常に赤い星があることを発見したのです(図1)。
それらは明らかに大きなガスの放出を行って、厚い塵に覆われている星でした。 このような星は我々の観測で初めて球状星団に見つかったものです。 このことから、太陽と同じような星も大きなガス放出を行うという可能性が 示されたのです。
ところが、それらが見つかったのはバルジと呼ばれる方向で、 球状星団以外にもたくさんの星が分布している領域でした。したがって、 球状星団に属していない(したがって年齢がよくわからない)星が たまたま同じ方向に見えている可能性があります。
そこで私達は野辺山宇宙電波観測所にある45m電波望遠鏡を用いた観測を行いました。 そして、6個の赤い星から一酸化珪素という物質の出す「メーザー」と 呼ばれる強い電波を受信したのです(図2)。
これは大きなガス放出を行っている多くの赤色巨星から出ている電波信号で、 その周波数から天体の速度を調べることが出来ます。その結果、今回調べた うち6個の天体のうち5個の速度が球状星団の速度と一致し、 星団のメンバーであることを示しました。
これらの発見によって、球状星団にあるような古い星でも大きなガス放出を 起こすことが確認されたのです。したがって、同じように100億年の寿命を 持つ太陽でも、大きなガス放出を行って塵に覆われてしまう可能性が高いと 考えられます。これは、これまでの信じられてきた星の進化モデルを くつがえすものです。
今回示された太陽の進化モデルを確かめるためには、さらに研究を進めて 明らかにしなければならないこともあります。
そのうち、最も重要なことは、 球状星団という特殊な環境にあることが、星の進化に与える影響です。 球状星団は星が非常に混みあった領域です。さらにお互いがほとんど 隣接した連星 (*11) も多く存在すると考えられています。このような環境では、星と星が 衝突してもっと重いひとつの星に合体するかもしれません。 今回発見したガス放出が、このような特殊な星でないと起きないのか、 太陽のような独立した星でも起きるのか確かめていく必要があります。
いずれにせよ、太陽の将来についてこのような具体的な観測結果から 調べた研究として革命的な結果であり、今後これらの天体を 中心にしてさらに詳しい研究が行われるようになると考えられます。
以下の解説は、「(*10)IRSF1.4m+SIRIUS」を除いて、天文学会が編集した 「天文学用語集」から 抜粋したものです。IRSF1.4m+SIRIUSについては、 こちらの 名古屋大学のページをご参照ください。
(*1)
ビッグバン理論 (Big Bang model) --
ハッブルの法則が宇宙の膨張によるものだとすると、約150億年前には宇宙は
1点とも呼べるほど小さいものでなければなりません。これに基づき1946年に
ガモフが提唱した理論で、宇宙は高温・高密度の状態から出発し、膨張して
現在に至ったことを骨組みとしています。
(本文の最初の引用にもどる)
(*2)
球状星団 (globular cluster) --
10万個から100万個の星が球状に集まった星団で、お互いの重力で束縛し合っています。
銀河系の形成とほぼ同時期に作られたと考えられている古い恒星で構成されています。
(本文の最初の引用にもどる)
(*3)
野辺山45m電波望遠鏡 (Nobeyama 45 millimeter telescope)
野辺山宇宙電波観測所に設置されている電波望遠鏡。主鏡の口径は45mあり、
波長2.6mmでは15秒角の分解能で観測することが可能です。
銀河系内の
星雲・ガス雲や何百万光年と離れた銀河、宇宙背景放射など電波を放射する
あらゆる天体を観測対象としています。
1982年の開所以来、新型受信器の
搭載・主鏡面の改良など、観測機器の改良・更新を続けており感度・分解能とも
世界一線級の地位を保ち続けています。
(本文の最初の引用にもどる)
(*4)
超新星爆発 (supernova explosion)
質量が太陽の8倍以上の星の進化の最後に起こる破滅的な大爆発です。
星の中心部に形成された鉄のコアの重力崩壊の反動で星の外層が
吹き飛ぶことにより引き起こされます。
(本文の最初の引用にもどる)
(*5)
ブラックホール (black hole) --
脱出速度が光速を超えた星です。光さえも
脱出できないので、外からは観測不可能になります。
はくちょう座にあるX線星Cyg X-1はO型超巨星(HDE226868)と
ブラックホール(質量は太陽の10倍程度)の連星です。O型星から流れ出すガスが
ブラックホールに流れ込んで降着円盤を作り、強い重力で加熱されてX線を
放射しています。
この様な、質量が太陽の10倍位のブラックホールは、
星の進化の最後に起こる鉄のコアの重力崩壊でできると思われています。
質量が太陽の30倍より重い星では、重力崩壊でできた中性子星に大量の質量が
さらに落ち込んでブラックホールになると考えられています。
(本文の最初の引用にもどる)
(*6)
中性子星 (neutron star) --
中性子星とは、質量は太陽程度あるのに半径は
10 kmしかない、非常に高密度な星です。平均密度は1立方cmあたり5億トンぐらいで、
その中心密度は1立方cmあたり10億トンを超えます。これは原子核の密度と同程度です。
このような超高密度では電子は原子核の陽子の中に吸収されほとんどの陽子は
中性子となるので、中性子星と呼ばれています。
(本文の最初の引用にもどる)
(*7)
白色矮星 (white dwarf) --
太陽の8倍以下の質量の星が終末を迎え、星の外層を放出して惑星状星雲となった後、
中心に残される超高密度の天体です。核融合反応は起こっておらず、余熱だけで
光っています。大きさは地球程度しかありませんが、質量は太陽ほどあります。
その中心密度は、1立方cmあたり10トンにもなります。シリウスの伴星が有名です
(シリウスのふらつき運動から発見されました)。
(本文の最初の引用にもどる)
(*8)
赤色巨星 (red giant) --
中心で水素が消費し尽くされ、ヘリウムの核が形成されると
外層が膨張します。このために、表面温度が下がるので、星の色は赤くなります。
これを赤色巨星と呼びます。日本の天体物理学者、林(林忠四郎 日本)が
導いた林の限界線上に分布します。
(本文の最初の引用にもどる)
(*9)
恒星風 (stellar wind) --
すべての恒星は多かれ少なかれ宇宙空間に向かって
プラズマを吹き出しています。これを恒星風と言います。O型主系列星や
M型赤色巨星ではこれが非常に強くなり、もともと持っていた質量に対して
無視できない量の質量が放出されます。これを特に質量放出と呼びます。
もっとも激しい例が、惑星状星雲を作る質量放出です。
(本文の最初の引用にもどる)
(*10)
IRSF1.4m+SIRIUS --
IRSFは名古屋大学と西村製作所によって、南アフリカ共和国に
設置された1.4mの望遠鏡、SIRIUSは名古屋大学と国立天文台によって開発された
近赤外線カメラです。それぞれInfraRed Survey Facility、
Simultaneous InfraRed Imager for Unbiased Surveyの略です。
(本文の最初の引用にもどる)
(*11)
連星 (binaries) --
2つ以上の星が、お互いの引力によって結ばれているもの。また、連星の周囲に
ある他の天体やガスなどを合わせた全体は、連星系と呼ばれています。
私たちの太陽は単独の星ですが、太陽の近くにある星々を詳しく調べてみると、
少なくとも60%から70%は連星であることがわかっています。
(本文の最初の引用にもどる)